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2014/12/20 それでも世界が続くなら結成3周年記念公演「僕らの小規模な2日間の反撃」 2日目  @下北沢 Club Que

 

 

SEは女性ボーカルの綺麗な曲、なんだけど歌詞がアレ

拍手されながらメンバーが持ち場につくと、轟音と同時にノイズ映像が容赦なくメンバーの上から被せられる。

で、今日ってプロジェクションマッピングなんだ、と驚いた。

 

 

消えた星の行方

「ひとり 誰といたってひとり

 なにしても どこにいたってひとり」

篠塚さんがギターを乱暴に掻き鳴らしながら悲痛な声で歌う始まり方がとても印象的。

映像はCGを使ったものを中心的に、曲のタイトルと呼応するように、サビでは真っ暗な星空で、曲の持つ孤独感を更に深く見せていた。

広い星空の中で、切々と孤独を歌い上げる姿は悲痛で美しかった。篠塚さんの細い裏声は、静かに泣いているみたいで綺麗。

 

 

解離と労働

耳に残るミドルテンポのリフでライブが動き出す。

「働いて働いて働いて働いて 大人は働いて働いて働いて働いて働いて 子どもも働いて働いて働いて働いて働いて」と労働と日常のやるせなさを歌っているところに使われている映像は、雑踏の中で沢山の人が歩く映像。

淡々と歌う「働いて」とは対照的に、サビでは感情が振り切れてしまったように叫び歌い上げる。格好良い。

歌っていないところでは、気がふれたように飛び跳ね回り暴れながらギターを掻き鳴らす篠塚さんがいて、そんな姿もやっぱり格好良かった。

 

 

痛くない

きっちり等間隔で固いスネアの音の上で、アイコンタクトを取るギター隊の二人。その後に厚いギターの音がのって、篠塚さんのギターとベースも入って轟音のリフに繋がる。思わず鳥肌が立つくらい、重々しくて暗い。

映像は黄色がかった空に赤みがかった雲が浮かぶ不穏な色合いのもの。

演奏とは裏腹に、甘い歌声で淡々と歌われる。

サビに入った瞬間に、映像が切り替わり、無数の鳥が暗い空を飛ぶ映像になる。何故かわからないけど、ここは本当に鳥肌が立った。その後映像は、多くの人が歩く映像の上に鳥を被せたようなものに。

映像は同じ映像を何回か使うところもあったけど、この鳥の映像は「痛くない」以外に使われていなかったから、なんらかのメタファーだったんでしょうか(っていうのは考えすぎ?)

「傷つくことは痛くない 痛くないから死ぬまで治らない そんなのただの強がりだろ 全部知ってるくせに」の、「知ってるくせに」で、ずっと前髪に隠れていた篠塚さんの目がはっきり見えて、強く真っ直ぐ遠くを見据えていて、ぞっとするくらい格好良かった。

 

 

シーソーと消えない歌

ノイズ画像と共に轟音が続いた後、その余韻を引きずりながらリフに入る。

空気がしんと静まり返って、どこからか誰かがすすり泣く声が聞こえる。映像はMVの冒頭部から。ここでようやくストーリー性のある映像が出てくる。

「痛くない」に引き続いて、歌は結構淡々としている。演奏も、一歩一歩踏みしめるように落ち着いていてしっかりしているもの。

かと思ったら、やっぱり間奏部で振りきれる。綺麗なリフと、轟音と、耳を塞ぎたくなるような叫び声。

「本当に良かったな 君が笑顔になるなら」

映像が消えて暗くなる。篠塚さんが苦しそうに弾き語る。「お先にって言って君が背中を向けたとき」曲の冒頭で少し聞こえていたすすり泣き声がはっきり輪郭を持ち出して、フロアの至るところから聞こえてくる。

「死ぬ死ぬって言って」のところ、メロディー無しに叫ぶ。

演奏が静まり、「良かったな」と掠れた声。

女の子の笑顔の映像。この映像の被せ方はちょっとずるすぎる。

 

 

この世界と僕の話

静まった後に淡々と刻む演奏が始まる。

「どうにかして君を救いたくて」って歌詞も、シーソーと消えない歌の女の子に語り掛けているみたいで哀しくなった。

やるせなさそうに歌うのと、苛々を隠しきれないようにがなり立てるサビのギャップがいい。

「この世界なんかもう」って歌詞の途中から入ってくる轟音の演奏は、ギターがキラキラしていて痛々しさが引き立つ。

 

 

響かない部屋

「あいつらを殺してやる」って出だし。

「いつからかそう思えなくなった」

銃声の響かない部屋の中で、どうにかしなきゃってことを頭では理解しているのに、心がどうしてもついてこない。

どうしてなんだろう 心だけがついてこない ついてこない

って痛々しい曲なのに、サビがメロディーも音も開放的で泣きたくなる。

小さな部屋の小さな窓から見える空の映像が映し出されていて、ああいつか私もこんな空を見たことがあったな、なんて、忘れていた記憶と感情が思い出された。

最後の「心だけがついてこない ついてこない」の後に、映像で中学校の教室の前の廊下が映し出される。

 

 

水色の反撃

中学校の教室の前の廊下から、少し間をおいて、温もりのある音色のリフと同時に、MVの、青空の下で制服で全速力で走る女の子の映像が映される。映像はMV主体だったかな。

「復讐してやるんだ」って優しい声がした瞬間にぶわあって泣いてしまった。

この、「響かない部屋 」→「 水色の反撃」の流れがすごくよかった。

「響かない部屋」は、当事者の苦悩を切々と歌い上げる曲だけど、「水色の反撃」は、その当事者と当事者が生きていることを肯定する曲だから。この流れでやることで、当事者の気持ちがわかるからこそ、「水色の反撃」って曲も生まれたってことを感じさせられる。ただ綺麗ごとを言っているんじゃなくて、そういう人の痛みをわかっているからこそ、こんな曲がつくれるしこんなライブをできるということ。

Aメロを優しく歌い上げてから、音が波のように襲い掛かってくるサビ。

単純な構成の曲だけど、一回目のサビが「君が生きることは 君が笑うことは反撃みたいだな」っていうのに対して、二回目のサビが「君が生きることは 君が笑うことは 反撃じゃなくていい」っていうのがやっぱり本当に心に響く。

「完璧じゃなくていい 見なよ 僕だってそうだろ」のところで、篠塚さんが、泣き叫びながら歌う自分の姿を、見ろよって言うみたいに堂々と見せつけていたのが本当に、全然格好良くなくて不様で不器用な人間らしさに溢れすぎているのに、本当に格好良くて泣けた。

 

 

チルの街

ノイズ画面とシューゲイズがしばらく続いた後に、始まったリフのギターの音が柔らかくて優しくて温かくて、その時点で泣きそうになった。

映像もよく思い出せないんだけど、他の曲よりもトーンや色遣いが柔らかかったと思う。「明日も学校で」のところは学校の映像、「明日も病院で」のところは病院の映像。

篠塚さんは苦しそうに必死そうにやっぱり歌っていたけど、がなるわけではなくて、甘くて綺麗な声のまま言葉を届けようとしてくださっているようだった。

演奏も音も声も全体的にとにかく優しくて、大人相手にライブをしているというよりは、子ども相手に真剣に子守唄をきかせているみたいだった。

「諦めたふりして期待してたことも 笑ったふりして泣いてたことも」ってところを、「諦めたふりして期待してたくせに 笑ったふりして泣いてたくせに」って歌うものだから、一番繊細なところの記憶に直に触れられているみたいでどうしようもなく泣いてしまった。

「今日じゃなくて明日会おう」は叫び声に近かったけど、やっぱりあたたかくて落ち着いていて少しほっとして眠くなりそうなくらい柔らかかった。

 

 

unknown

掠れた声の弾き語りから。始まり方は、絵に描いたようなグランジって感じ。

映像は柔らかい色合いの抽象的なものがメインだったような...?

サビで菅原さんと須磨さんが同時にコーラスをするんだけど、基本的に外側を向いて演奏してる二人が、ステージ中央寄りに置かれたマイクに対して、内側に向かい合うようにしてコーラスしながら弾いてる絵が良かったな。やっぱりバンドって感じ。

「好きな人に会えなくても 泣きたいくせに泣けなくても」からのところは、畳み掛けるような演奏と、畳み掛けるように叫んでいるのが格好良かった。でもって、この曲も音は優しい。

曲が終わった後?曲中?かな......もしかしたらunknownじゃないかもで本当記憶があやふやなんだけど、記憶違いでなければunknownの最後に、

「悲しいことは悲しい人にしかわからない 優しいことは優しい人にしかわからない 痛いことは傷ついた人にしかわからない だから分かり合えない 僕と君は他人のまま 僕も君も他人のまま」

ってノイズの中で、篠塚さんがまた叫ぶように歌ってた。「僕と君は他人のまま」っていうのを何度も悲しそうに繰り返していたので、見ていたこっちまで悲しくなってしまった。もちろん、それは絶対そうなんだけど。

 

 

スパロウ

映像が夜。真っ暗で星が映えるような夜空。

unknownと対照的な色づかいだったけどすぐに夜に持っていかれた。

私はこの曲に想起させられるような記憶は持っていないはずなのだけど、あまりに悲痛で説得力のある歌で、自分の中にその感情を流し込まれているような感覚になって胸が苦しくなった。

今にも消えてしまいそうな、か細い声で歌うところもいくつかあって、その感情に最も適した歌を歌うことができる人だなあとかなんとか。

「シャワーで落とせない この身体ごとはぎとってしまえたらいいのに」のところは、高いトーンを歌う細い声がすっごく綺麗だった。透明で。

 

 

奇跡

スパロウが静かに終わった後、まだ演奏も映像もない中で、「きっと」「きっと」と繰り返し、マイクを通さず地声で叫ぶ篠塚さんが痛々しくて涙が出た。

音源とは流れを変えていて、「きっと僕らは何にもなれないけど でも僕らは何にでもなれるんだ」って歌った後、バンド演奏が入ってAメロに。

感極まりすぎてしまって映像はちゃんと覚えてないんだけど、それまでの曲とは違って本当に最低限の、バンドそれ自体を引き立たせるような映像しか使っていなかったような気がする。

「アホみたいな生活の果てには僕らがこうして歌ってる意味があんのかい」って泣き叫んで歌う篠塚さんを見て、またぶわああって泣いて。

サビが終わった後の間奏部だったかなあ...気が触れたようにギターを弾き倒す篠塚さんが倒れてしまって、シンバルと、菅原さんのギターの音を拾うマイクが倒れてしまった。でも立ち上がって、シンバルを立て直して、スタッフさんが飛んできてギターのマイクも立て直して、そうした間も音を殆ど欠けさせることなく濁らせることなく、最後までしっかり演奏をやりきっていて、本当に格好良かった。

 

 

テセウスの夜

さっきまでの直情的なバンドとはまるで違うバンドみたいに、穏やかで落ち着いた演奏と歌。映像は多分同じ夜の映像を使っていたけれど、スパロウの夜とは違って、こっちの夜はあたたかくて包み込むような夜。

別れの曲だけど、最後の方は、歌詞を「さよならありがとう これでお別れだね いつかこうしてまた会おうね」って柔らかい表情で歌ってらっしゃったから、こんな歌も歌える人なんだなあってどきどきした。

演奏も本当に穏やかで落ち着いていて綺麗で。

 

 

終わった後、各々が楽器を降ろして、篠塚さんが、「ありがとう、終わりです」って言ったんだけど、誰かが拍手をしだすまでに間が結構あって、その間フロアで見ていた人たちが茫然としていたのが空気で伝わってきて面白かった。とはいえ私も茫然としていた一人なんだけど。

 

 

アンコールで出てきて、「楽屋入口から結構聞こえるんだけど、アンコールするのためらってたでしょ笑。優しいねありがとう」というようなことをふにゃふにゃ笑いながら言うから、この人はなんて優しい人なんだろう!!!(n回目)って思いました

「昨日も来てくれた人はわかると思うんだけど、俺たちはアンコールのために曲を用意していなくて。アンコールも全部含めて本編でやるような気持ちでセットリストを組んでるんです。だってそうじゃないと嘘ついてるみたいで嫌だから」

ということで、やる曲がない!と笑。

で、ドラムセットの前に集まったり集まらなかったりしながら曲の相談をしていらしたんだけど決まらなくて、ドラムが早くない曲って条件でフロアからの公募制に笑。

「優先席!」って言った人がいたんだけど、いや優先席は早いから無理wwwwwってことで却下。で、結局「優しくない歌」に落ち着きました。

 

 

優しくない歌

優しくない歌、って曲名に反して、音も歌も優しいんですよね。包み込むような音で。最後のサビが終わった間奏部分は情熱的に各々楽器をかき鳴らしていて、そこにノイズの映像がかぶせられてきたんだけど、そのノイズの映像の最後の方に、黄緑色が混じってきて、その黄緑色がとても曲に合っていて良かった。

 

 

メンバーがそれぞれ楽器を置いて去って行ったあとに、篠塚さんが、フロアの一人一人の顔を見るように見回しながら、「ありがとう」と言って、「気を付けてね!また!」と言って去っていった。

 

 

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プロジェクション・マッピングを使ったライブは実際には初めて見ました。曲の合間合間に映像を使ったり、演奏している後ろに映像を映すライブは何回も見たことあるんだけど、そういうものともまた違って。

特に、曲の合間合間にならされる轟音に、ノイズ映像が被せられていたのが格好良かった。

演奏をしているメンバーの上にも後ろのスクリーンにも映像がかかっているから、まるでメンバーが映像の中にいるかのようにも、CGの映像が目の前に映像としてではなく実在しているようにも見えて不思議だった。

 

前日のフロアライブはPA無しで直に轟音が伝わってくるし、照明も一色しかないし他の演出は一切なくて、目の前にいるバンドと音とそれだけと本当に対峙させられていた。

一方で、この日のライブは、映像が記憶や過去に体験したことにある感情をまざまざと思い出させるもので、バンドや音楽を通して自分自身の内部と無理矢理向き合わされて、そのうえで優しく肯定されてしまった。

そういう、自分の一番痛いところと向き合わせたうえでそれを優しく肯定して、ただ嘆くだけじゃなく少しだけ前を向く力を分けてくれるようなバンド。

 

映像はMVがあるものはMVを使っていたところもあったけど、基本的にはCGでつくられた抽象的なものと、誰もが見たことあるけど人によって全く見え方が違うもの(雑踏を歩く人の姿、学校の教室前の廊下、窓から見た小さい空etc)が中心的で、曲を引き立たせるものだった。

ライブは同じものを見ていても人それぞれ見え方が全く違うものだと思っているけど、この日のこのライブほど人によって見えるものが違うライブは、過去私が見てきたものの中ではなかったと思う。

 

音楽のことを全くわからないなりにいろいろなバンドを見てきらけれど、このバンドの演奏はメリハリがあって好き。

ただ轟音を掻き鳴らすだけではなく、歌を聴かせるところはちゃんと聴かせて、轟音も「痛くない」みたいな重くて暗くて痛々しいものもあれば、「チルの街」のアウトロみたく柔らかくて優しくて包み込んでくれるようなものもある。

 

ロボットが音楽を演奏する技術も開発されているような世の中だけど、このバンドの音は、生きている人じゃないと決して演奏出来ないものだし、多少の無理をしてでもライブハウスに足を運ぶ価値のある音だと思う。

 

二日間通して、少しだけ前向きに生きていけるような気がした。こんな、自分がずっと見たいと思ってたものを見せてくれる聴かせてくれるバンドが現存してることがただただ尊い。

だから本当に本当にありがとうございましたって気持ちでいっぱいいっぱいです本当にありがとうございました。

 

セトリは、↓ こちらから拝借させていただきました。重ね重ねありがとうございます。。。

https://twitter.com/minmin51527/status/546277409046024192